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  • 2013.09.03 Tuesday

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    ポカラでフテくされる。

    • 2006.09.08 Friday
    • 18:42



    ポカラ。
    ポカラと言ったら、あの雄大なヒマラヤが一望できる人気な場所。
    トレッキングができる場所。
    自然を体感できる場所。

    ヒマラヤ。
    ネパールといったらヒマラヤ。
    ネパールの象徴。

    ポカラ。

    でした。小雨
    ずっとでした。
    8月は雨季でした。

    ヒマラヤ
    見れません。
    一望できるはずが、白いモヤに隠れていました。
    雨のため、トレッキングも厳しい。

    しょうがなく、宿のネパーリーのおじさんに
    いつヒマラヤは見れるかと聞くと
    「もうすぐ雨季は終わる。明日は見れるかもしれない」
    と言われた。
    高揚しながら眠りにつく。

    が、翌日、雨。
    おじさんに聞くと
    「翌日は大丈夫」

    翌々日、
    「……大丈夫」

    悪気がないのはわかっています。


    道路に悠然とたたずむ牛たち。


    車が来ても……


    車が来ても………


    トラクターが来ても、微動だにしません。彼らは神かもしれません。



    ポカラにいる間、毎日本を読んでいました。
    ネットはカトマンズに比べるとかなり高い。

    もう、インド向かいます。ショック


    いつか、きっとこのリベンジはします。ニョロ



    その神にカメラを向けたら後ずさりされる。





    ネパール==================================
    【滞在期間】 12日間(8月31日〜9月11日)
    【移動経路】コダリ⇒カトマンズ(バス)⇒ポカラ(バス)⇒スノウリ(バス)
    【使ったお金】30,229円 (1U$=73RP)

    ■予算情報■
    ・カトマンズ→ポカラのバス代(225RP)
    ・ポカラ→スノウリのバス代(400RP)
    ・インドビザ(950RP)
    ======================================


    ※もっとネパール写真(28点)を見る←

    天国なカトマンズ

    • 2006.09.01 Friday
    • 15:41




    カトマンズ。
    行ったパッカーはほとんど沈没している魅惑の地。
    古都で住んでいて情緒がある、物価が安い。いろいろと耳にしていましたが、
    カトマンズ一泊目にして納得いたしました。

    日本食がべらぼうに美味い!!

    日本で修行していたネパール人もいるらしく、味は折り紙つき。
    最初に食べた、茄子の味噌炒めは大いに感動した。
    しかもネパール人の接客もなっている。
    「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と
    素晴らしい発音で言われると、なんというか、もう一足先に日本に着いちゃったような気がする。

    インドビザを取るためもあって、かなりマッタリした。
    タハリール広場まで散歩したり、疲れたらお茶をしたり、お土産なんか買ったり、
    とにかく物価が安いので安心して買い物ができる。
    唯一、不満があるならばビールが少し高いことくらい。

    ネパール人もかなり優しい。
    なんというか、マッタリ、ユッタリしている。
    たまには変な人もいるけれど、ほとんどはいい人たち。

    一番大きな出会いはタハリール広場で会った日本語ぺらぺらのネパーリーおじさんの
    ラジェスさん。
    見た目は日本の疲れたサラリーマンっぽい感じで早口。
    最初は胡散臭いかったが、話しを聞いていると実にいい人。
    いろんな所を解説つきで案内してくれた。
    ラジェスさんの友達も素敵な人だった。
    まるで悟りを開いたブッダみたいに、穏やかなお顔の持ち主。
    目がとても落ち着いている。


    ラジェスさん(右)とその友達(左)

    彼の教えは実に勉強になる。
    物乞いにお金をあげるべきか?という質問に彼は
    「全ての人にあげるべきではないと思います。あげるべき人であるか、目をみなさい。」
    と言った。

    見極める目を持ちなさい。

    それが、・・・難しい。

    けど日本にいてもそうだ。
    信用できる相手か、目を見て見極めないといけない。
    そういう目を持ちたい。

    おっさん達とネパール居酒屋にいって、水牛の脳みそを食べながら酒を飲んだ夜が忘れられない。
    私もオヤジ化していた。
    ラジェスさんオヤジギャグ連発です。


    タハリール広場にいたニセ?サドゥー。写真を撮ったらお金を請求してきた。
    見た目からして彼は怪しかった。



    8月6日から4日ほどネパールの祭り「インドラ ジャトラ」が行われた。
    国王まで来てかなり盛大。
    ここでは生神として崇められているクマリが山車にて道路内を駆け回る。
    この日ばかりは写真に撮っていいらしい。(いつもなら厳禁)
    TBSの世界遺産で気になっていた祭りだったのでラッキーだった。


    国王お目見え!!


    ネパーリー女性、男性、ツーリストと座る場所が決められていた。
    ちなみに上がネパーリー女性が座る場所。



    クマリが乗る山車が街中を駆ける。


    長くいたカトマンズに別れを告げ、ポカラへ。
    その後、インド、バラナシへ抜けます。

    過酷なヒマラヤ山脈越え

    • 2006.08.30 Wednesday
    • 16:42

    過酷な移動のシガツェ→ダムのバス

    チベットからネパール越えは過酷だと噂で聞いていた。
    だが途中のシガチェまで行けばそこで宿でツーリストバスが出ていると耳にしたので安心してシガチェまで一人で行く。
    ラサからシガチェまでバスで5時間。
    さて、バスが出ているフルーツホテルへ行こうと探したが全然見つからず。
    聞くと、そこはもうなくなっていて新しい宿が建っていた。
    しかもツーリストバス出ておらず。。。

    だったら公共バスで行こうとターミナルに出向いたが
    「メイヨー(ない)」
    といわれる。
    明日は昼1時発らしい。
    明日早めに出向いてそのまま乗ることにする。

    宿で一緒だった日本人女性のS沢さんはちゃんとチケットが取れたのこと。
    バスターミナルに出向いた時間が12時頃。
    私は2時に行ったのでやはり私は間一髪でチケットがなくなったらしい。

    翌日は荷物をまとめ、はやめにバスターミナルへ出向く。

    「メイヨー(ない)」

    ・・・・・??
    こんなに早く行ったのになんで?

    じゃ、明後日の分と聞いたら
    「メイヨー(ない)」

    ・・・・・・・???

    おかしい・・・。

    なんと聞いたら外国人は乗れないとのこと。
    じゃ、なんでS沢さんは乗れるの?
    後で聞いたら、彼女は中国語がうまかった。びっくり

    どうしよう???
    ラサで会った日本人&フランス人カップルと日本人男性にバスターミナルで会う。
    彼らも案の定、取れなかったらしい。
    なのでランクルチャーターして行くしかないのでは?ということになった。
    一人400元。(6000円)
    ・・・・痛い。ショック
    公共バスだったら185元(2775円)だったのに。
    たかが…っとお思いでしょうが、ここでの3000円ってとびきり高いのです。

    S沢さんを見送ろうとそのまま放心状態でターミナルに。
    するとS沢さんが隣にいた中国人の女性と話をし、彼女が直接ドライバーと交渉したら、
    なんと、乗せてもらえることになった。
    ドライバーも渋々。
    なんとダムまでの間検問が3回もあるらしい。
    そこで外国人が乗っていることがばれたら罰金らしいのだ。
    中国人の女性の名前はゴンさん。
    ゴンさんとその友達に身分証明書を借り(彼女らは2枚持っていた)、帽子とマスクをしてヒヤヒヤもので乗った。

    「ごめんなさい。旅立ちます」
    という書置きをベンチに残し、薄情な私は旅立つことにした。バッド

    乗ってビックリ。

    物凄い悪路です。

    かのカンボジアの道もかわいく感じます。
    飛んだり跳ねたり、さすがの中国人の方々も
    「アイヤーーーー!」と叫んでいた。
    全然眠れないし、検問でピリピリするしで休まる時がない。撃沈


    バスから見た外の風景

    シガチェ昼の1時発で途中のエベレスト近くのベースキャンプに着いたのが夜9時。
    そこは映画で見たミネソタのように寒々しい。(じっさい寒かった)
    天気はドンヨリしていてせっかくのチョモランマも見えず。
    お腹すいたけど、ここで食べてトイレに行きたくなったら最悪だ。
    前回の大理での悪夢もある。
    ここは我慢して、チョコレート、ビスケットで耐えることにした。


    ベースキャンプ観光していた人はここでヒッチ。夜9時でも明るい。

    そこで1時間超休憩したあとダムへ。
    そこからが長い事長い事……。
    眠りたいけど眠れないので、なんというか、ある意味修行に近い。
    こんな時はお得意の妄想タイムだ。
    しかし、こういう場合はろくな妄想しか思いつかない。
    (なにを妄想していたかはナイショ(笑))

    結局着いたのは朝の4時30分。
    15時間も悪路に揺られたことになる。
    本当につらかったーーー冷や汗

    ダムの宿で4時間ほど眠ったあと、ネパールのコダリへ。
    無事に国境越えできた。


    中国→ネパールのイミグレ前で
    だがそこからも甘くはなく、
    カトマンズ行きのランクルをゲットするも、途中の道が落石のため通れず
    ランクルとお別れしバスへ乗り換えることに。
    コダリからカトマンズへ、雨の中5時間。
    ここもなかなかの悪路だった。

    カトマンズの夜はS沢さんとゴンさんと私とで乾杯。
    一緒に戦った戦友と飲んだ黄金のビールの味。
    うまかったーーーービールグッド

    ラサからあわせて27時間移動。
    しばらく、ここカトマンズで沈没します。



    落石がぁ〜…。こんなんばっか…

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